行ってきました!ラ・フォル・ジュルネ二日目:チャイコフスキー「悲愴」

ここでは、「行ってきました!ラ・フォル・ジュルネ二日目:チャイコフスキー「悲愴」」 に関する記事を紹介しています。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
初日に2つコンサートを聴き終えたあと、時間があったのですぐにチケットブースに走った管理人です。SOLD OUTになっていない公演をチェックしてゆくと、何回か公演があるフォーレのレクイエムが一つだけそれも当日の券があるじゃないですか!余裕はありすぎで、今から3時間後に開演です。どうする?(^^;そして明日は用事があるけれど遅い公演なら行けるかもと探し、チャイコフスキー悲愴を発見。

悲愴は即ゲットを決めたのですが、レクイエムはさんざん悩んだ挙句断念しました。当日とは言え、開始が22:30で終了が23:15と深夜のコンサートなので、天使の歌声に夢の世界に誘われること必須なのです。(^^;音楽三昧を実現するため、午前中はいつもより早く仕事を始めたのでこれから疲れがどっと押し寄せる予感が満々。こんな時に限って連れもいないので、聴いている途中というより、開始時間までの3時間をつぶす間に爆睡してしまいそう。(笑)

と、いう訳でコルボのレクイエムは泣く泣くあきらめ、自ら組んでしまった翌日のハードスケジュールに備えることに。帰宅して早速お土産に買ったコルボのCDでリラックスしましたよ。^^聴きそびれたコンサートはソプラノですが、CDで聴くボーイソプラノの儚げな美しさはまた格別でした。負け惜しみですが。(笑)

万障お繰り合わせの上、聴くことのできた本場テイストの悲愴。作品紹介とない交ぜになった感想ですが、続きからどうぞ。
生涯うつ病に悩まされたというチャイコフスキー。彼の美しい音楽は緊張と弛緩で紡がれていると個人的に思っていますが、彼の内面の極端さが音楽にも現れているのかもしれませんね。精神科医の研究では、うつ病患者にこの曲を聞かせると病状が悪化し、ひどい場合は自殺願望が高まるそうです。(^^;

この曲の初演からわずか9日後に無くなった上に、死因も従来伝えられたコレラ説から強要された自殺説が一般化して行くなか、チャイコフスキーが「悲愴」に込めた本当の思いはどんなものだったのでしょうか。本場ロシアのオーケストラ、ウラル・フィルハーモニー管弦楽団はこの曲をどう届けてくれるのでしょうか、とても楽しみです。

空気が震えるように始まった演奏は、いろんな楽器に受け継がれ、段々その振動を大きくしてゆき、心がざわめくような印象を与えますが、このムードは全楽章を通して見え隠れします。やがておなじみの主題がクリアに現れますが、切なさが匂い立つような抑え気味の表現は指揮者の意図通りのようです。指揮のドミトリー・リスはくもの糸で操っているかのように、各パートに丁寧に指示を出します。

先ほどの静けさから打って変わり、ティンパニーが打ち鳴らされ、雷鳴が鳴り響き、ヴァイオリンが必死に制御しながら走るなか、天の声のような金管が印象的。ここも劇的でありながら、過度にドラマチックにならないよう、指揮者がコントロールします。いろんな楽器が重なり、盛り上がるのですが、すっきりしない感じが残ります。厚い雲が空に広がるような雰囲気から、優しい旋律がひと筋の光のように美しくこぼれる様は美しかったです。1/4しか終わってないのに、すでに1曲堪能した気分です。はぁはぁ。。(^^;

民族の踊りを軽く舞うように軽快でいて、寂しげな第二楽章。安心して聴けましたが、指揮者は相変わらず細かく指示を出しており、団員もアイコンタクトと演奏で応えていました。

個人的に空元気の行進と呼んでいる第三楽章。(大きなお世話ですよね^^;)原題Pathetiqueは悲愴と訳されますが、悲劇的や悲壮というニュアンスもあるそうです。管理人はここの行進曲はやや悲壮感が漂うイメージを持っていましたが、ウラル・フィルハーモニーの解釈も同じだったようです。先ほど調べるとテンポ指示はAllegro Molto Vivaceとのことですが、ちょっと背中の力が抜けて、足元だけは威勢よく、という矛盾した感じが好みでした。最後はあまりに盛り上がり、フライイングの拍手が出て、つられてブラボーまで出ていました。(笑)私も釣られてぱちぱちしてしまいました。曲はよく知ってるはずなのに、反省。そして拍手を予想していたかのように、フリーズして待っていてくれたリスさんに大物の余裕が見えました。

最終楽章はムードが変わり、かぶりを振るようなヴァイオリンから始まります。波打つような弦にホルン?が応え、トランペットが乗ります。震える弦が聴く者の胸をざわつかせ、音量が上がり主題が鳴っても陰鬱な気分から開放されることは無いと悟ります。予想通り最終楽章もやや抑え目の演出で、ティンパニーや打楽器が的確にムードを作り、湿っぽさを嫌います。やがて何度か音量の波が押し寄せますが、気持ちよくなる前にいつの間にか小さくなり、ややずれた音の重なりが合唱のように聞こえたかと思うと、静かに消えてゆきます。いつ終わったのか分からないほど静かな終わり方です。

舞台からこれほどの静寂を感じたのは初めての経験です。団員も指揮者も息をするも忘れたのかと思うほど真空の数秒のあと、おずおずとした拍手が始まり、やがて大きな拍手へと広がりました。なんども挨拶をした後、指揮者は両胸に手を当て、これで終わりの合図をしましたが、アンコールを期待しているわけでもないのに観客はしつこく(笑)感謝の意を拍手で表し、余計に一回挨拶に出てきてもらいました。

この曲はよく聴くのですが、CDやMP3プレーヤーでははじめと終わりが全く聞き取れないし、はじめが聞こえるボリュームに設定すると展開部分が爆音になってしまうため、忙しくボリュームを変える必要があったりして、とても平常心では聞けない曲でした。生では広いレンジが全て聞き取れるだけに、別の意味で平常心は保てませんでしたが。。(笑)

例によって書きながら調べたところ、静かな始まりより途中で更に小さくなり、pの微妙な指定は最高6個までppppppあるそうです。担当のファゴットさんご苦労様です(指定はファゴットですが、バスクラリネットの場合もあるそうです)。ところでp6個ってなんて読むんでしょう?そして指揮者は聞き取れるんでしょうか?(笑)そして大きいほうはfが3個でfffとなっているそうです。こっちは演奏不可ということはないでしょうが、さすがコントラストの魔術師、引く所を普通より引くことで爆裂したときの効果を最大限にしてますね。ドラマチックかつロマンチックな曲を創ったチャイコフスキーの魔法の秘密がこんなところにもありました。^^

関連タグ : フォル, ジュルネ, チャイコフスキー, 悲愴, レクイエム,

コメント
この記事へのコメント
ナツメグさんと同じようにチャイコフスキーの意図を考えながら第三楽章を聴いていました。不穏な雰囲気を秘めつつ、表向きは明るい行進曲に運命の渦に巻き込まれるような音の爆裂に身を任せてしまいましたよ。

そうそう、第三楽章の拍手の後数秒間凍りついたような雰囲気で、これで曲が終わってしまったらどうしようかという
空気が漂っていましたよね。(^^;拍手してしまった人が皆後悔した瞬間です。

オケはやや淡々と演奏し、聴き終わった後に言いようのない悲しみが残ったような感じがしました。途中は気づかないフリをして、という感じ、よく分かります。

コルボ、行かれたんですね!私も最終日聞けたんです!
そちらの感想も楽しみにしていますね。^^

ところでこちらに遊びに来て頂き、ありがとうございました。
こんなごちゃ混ぜブログですが、宜しければいつでも覗いてみてください。
2007/05/07(月) 02:11 | URL | ろめいん #VWFaYlLU[ 編集]
nomomaniaさん

音楽祭楽しまれましたか?私は結局3日通って、最終日にコルボのレクイエム聴いたんですよ。
広いホールでニアミスでしたね。^^

感想のほうは明日アップしますが、nomomaniaさんの感想も楽しみにしています。
2007/05/07(月) 01:50 | URL | ろめいん #VWFaYlLU[ 編集]
「悲愴」を聴いていました!
(しかもひとりで)

交響曲を殆ど聴かない私は、この悲愴も
数回目という不勉強さで挑んだのですが、
第三楽章の賑やかさは、作曲者の意図した
賑やかさ、というか、例えて言うならば
この後過酷な運命が来ることを義務づけられている
人物が(逮捕されるとか、殺されるのを知ってるとか)
その後のことを皆に全く告げずに、盛大な祝い事をし、
周りの皆はただただ盛大な様子に何かを察しつつも
表面では気づかぬフリして楽しんでいる、
というような(たとえ長いですね)
そんな印象で聴いていました。

私にできるのはチャイコフスキーのかなしみを
感じるのではなく、この場では気づかぬフリして
楽しんでしまおう、そんな風に思いながら、
第三楽章を聴きました。
カラ元気!た、たしかにそう、そんなかんじ!

ちなみに、第三楽章で拍手が起こったとき、
からだが凍り付いてしまいました。
このまま終わったらどうしよう・・・みたいな気持ちで。
(そんなわけないのにね)

ちなみにコルボのレクイエムを聴きましたヨ。
その感想はまた!
ほんと、楽しいお祭りでしたね♪

PS
もしかしたら書き込みはじめてでしたっけわたし・・・。
改めて、よ、よろしくおねがいします!
2007/05/07(月) 00:56 | URL | ナツメグ #XQHW0nQk[ 編集]
この音楽祭はこういう臨機応変の聴き方ができるのが良いですね。

昨日まで出掛けていた私は、今年は今日6日の1日だけしか行けませんが、フォーレに絞って午後の2コマ(室内楽とレクイエム)の切符を予約しています。
もうじき出陣します。
2007/05/06(日) 11:11 | URL | nomomania #-[ 編集]
ペンさん、こんにちは!

聖響さん、聴かれたんですね。う、うらやましいです(^^;
私はフォル・ジュルネで久々のフルオケの迫力にやられてます。

悲愴のCDの調節、ホント大変ですよね。皆何度も聞き返しているんでしょうね。ボリュームを上げすぎると後で悲惨な目に合いますしね。^^;

フォル・ジュルネ、予定が合えばぜひ行かれることをお勧めします。丸の内・有楽町エリアでは無料のコンサートも沢山あるので、通り抜けるだけでも楽しめると思いますよ。^^

それでは、又遊びにいらしてくださいね。♪
2007/05/05(土) 13:24 | URL | ろめいん #VWFaYlLU[ 編集]
行ってきたんですね!

実は私もこの悲愴、最後まで迷って、結局あきらめてしまいました。
代わりにCDで聴いていましたが、本当に音の調節が難しいですよね。
よく、冒頭を聞き逃したのでまた最初から音を大きめに設定して聴いたりしています。

長いGW、過ぎてしまえばあっという間で、
27日に金聖響&N響を聴いたきり、コンサートには行っていません。
ラ・フォル・ジュルネ、行ってみようかしら。シベリウス、聴きたいし・・・。
2007/05/05(土) 11:53 | URL | ぺん #-[ 編集]
予定の合間を見てはコンサートの予定を入れられるのも音楽祭の良いところですよね。^^
CDで良く聴く曲を生で聴くと沢山発見があり、ついはしゃいでしまいました。

音楽祭の観客は音楽を良く知っている人にコンサート初めてという人が沢山混ざるので、素直な感想が出やすいかもしれません。この曲は静かになった後、しばらくして音がなる部分が多いので、初めて聴いた人は第四楽章は終わってないと思ったのかもしれません。(^^;

レクイエム、是非私の分まで楽しんできてください!^^
2007/05/05(土) 08:05 | URL | ろめいん #VWFaYlLU[ 編集]
ハードスケジュールの中、お疲れ様でした。

「悲愴」中々の演奏だったようですね。

3楽章の拍手は、許せるんじゃないでしょうか?
聴いてる人の素直な気持ちの表れだと思います。

チャイコフスキーの5番やシベリウスの5番のように、終わったかと勘違いして、4楽章の途中で拍手をされると、大顰蹙ですが・・・

エンディング、ちゃんと休符が終わるまで拍手が起こらなかったということは、曲を知ってるのに3楽章で拍手が興ったんですよね。
この雰囲気も、ラ・フォル・ジュルネならではかもしれませんね。
さて、僕は今夜その雰囲気を楽しんできます。
「レクイエム」で寝ないように。(笑)
2007/05/05(土) 02:22 | URL | szell #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://intermissionbyromain.blog76.fc2.com/tb.php/98-59e66b4c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。